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22年分の内省をしたら思いのほか収穫が多かった話

time 2019/03/20

22年分の内省をしたら思いのほか収穫が多かった話

 ちょうど1年前くらいに、自分の人生を一回精算しようと思ったことがありました笑
具体的に何をしたかというと、今の自分の思考パターン、そうなった経緯、弱点、ジレンマなどをできる限り書き出し、自分をはだかにしてみました。いわゆる22年かけて形成された自己をメタ化して省りみた話です。その結果、ある結論にたどり着き猛省したので、今回はそのことを書いていきます。

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これまでの自分の思考パターン

印象論で意思決定

 「根拠はないけどなんとなく~そう/っぽい」
自分がこれまでしてきた意思決定に関して振り返ったとき、ほとんどこんな感じで決めていたことに気付き、非常に自分が恐ろしくなりました。

例を挙げると、
・これからのアフリカは面白くなり”そう”
・資本主義が大変になってきてる”気がする”
・アジアのBOPビジネスは外資が入りすぎて面白く”なさそう”

抽象的すぎるし上手い例が思い付かなくて申し訳ないですが、こんな風に「客観的な事実を無視して」物事を考えていたと認識いただければ大丈夫です。

こんなことを書くのはとっても恥ずかしいのですが、当時の自分に言いたい。

ビジネスのビの字も知らない20歳の大学生が何偉そうに語ってるんだい!

(㊟これを書いている今もビジネスについて語れるような人物だなんて思っていません)

 アジア・アフリカを比較する際に、参照した客観的なデータと言えばGDPくらい。GDPそれ自体が見直されつつあるなんてことはつゆ知らず、「成長してる!アフリカすげえ!面白そう!」これだけでアジアではなくアフリカ行きを決めたようなもの。

ただ、感じたままに動いて、その時々に必要なことを学ぶことは出来ていたので、 ポジティブにも捉えています。なんとなくで動けることは今後も失わずに、だけどそれが全てにならないようにしたいなと。データもなく先が見えないときに、”とりあえず動く”を召還していきます。選べるって大切。

アフリカ云々についてはこちらの記事を参照ください。

感情論で考える

 感情論の方が、タチが悪かったなと個人的に猛省しました。あくまで感情なので、上手く言語化してお伝えできる自信があまりないですが、例えばバイトや部活で誰かがミスをしたときや、電車で迷惑行為をする人がいたとき、人に気に入らないことを言われたとき、人身事故で遅れたときなど、何かしらネガティブな感情が動く出来事に遭遇したときを想像してみてください。

結論を言うと、現在の自分はなるべく想像力を働かせるように意識しています。
・人のミス→自分だって失敗はするし、間が悪かったんだろう
・迷惑行為→人に迷惑をかけてることを自覚してないのはちゃんと教えられなかったからだろうし、無自覚なら責任は取れないよな
・他人の不愉快な言動→自分はしないように気を付けよう
・人身事故→電車に飛び込んで自殺するほど追い込まれていたんだ、自分の遅刻くらい大したことない

という具合に、まずは出来事や自分の感情をメタ化し、その背景を想像したりしています。

 ところが以前は、「おれだったら絶対そんな失敗しないのに!/こいつなんなの!どんだけ迷惑かけてるか教えてやりてぇ!/(お、言ったな?マウント取る体勢)/死んでまで人に迷惑かけるなよ!」。。。過激だしゆがんだ正義感がにじみ出ていますね(これを暴露するのも結構勇気要ります)。

 あ、常にこんな風に考えていたわけではありません。何か嫌なことがあったとき、疲れていたときなど、様々な要素があって負の感情全開になることがあったと理解してもらえるとうれしいです。要は未熟だったわけです。

無意識に人を評価する

 最後は評価について。これが本当に難しいテーマ。
評価をすることは場合によっては「マウントを取る」に言い換えることが可能なのかなと最近は考えていて、パッと思い付くのだと、
・読む本の冊数
・行った国の数
・何か出来ないことがある人を責める行為

ちなみにマウントを取るというのは、相手より上に立とうとする行為で、簡単に言うと「自分はお前より上だ」という趣旨の発言をすることです。

 例に挙げたことに即して言うと、本一冊から得る感想や知見は人によって異なるはずで、当然多く読めばいいわけではないのに、「より多く読んだ自分の方が優れている」と暗にほのめかす、出来ること・出来ないことがあるのに「この人は仕事が出来ない」と、他の可能性を差し置いて評価してしまう。

 もちろん評価というものはある程度必要だと思います。だけど、「この人はこういうクセや思考・行動パターンがあるんだな」と自分なりの理解・解釈をした上で、お互いが気持ちよくコミュニケーションできるように接し方を工夫できるといいなという意味で、今後に活かそうと猛省しました。

その感情や考えがどこから来ているのかじっくり考えてみる

 最後に、振り返った中で猛省したことと、なぜそれが自分の思考パターンになってきたのかをまとめます。

猛省した3つのこと

1: 全て印象論で決める
2: 感情論で考える
3: 無意識に人を評価する

 これらのクセがなぜ出来上がったのかを考えてみて分かったのは、思考パターンや考え方は、環境に依存しているということです。ここでいう環境は、普段接する機会が多い他者との関係を指しています。

 そもそもマウントを取るのは、防衛本能的に備わっているものだとすると、誰しもがそういった行為をしてしまう可能性はあり、もっと言うと、初対面の人に対してマウントを取ろうとする割合は高くなると言われています。

つまり、未知なものと出会うと人は恐怖を感じるため、自分の身を守ろうとして相手を下に見る傾向にあるということです。

だけど実生活で、仮に初対面でもマウントを取る人と取らない人がいるのは事実。おそらく普段身を置いている環境によって差が生まれるのではないかと思います。僕自身、13年間部活をやってきたので、ある種の競争社会にいる時間が長かった。勝つことが大事。チームメイトより上手くないと試合には出れない。

そういった競争のある環境に身を置くと、その場を離れてもなかなか考え方を変えることは難しいということが、振り返った中で分かりました。しかし大切なことは、まず自分がどういう環境にいて、そこからどんな影響を受けているのかを自分で認識してあげること(メタ認知)。それができると似た状況になったときに意識を向けることが可能になるからです。

更に、メタ認知が出来ると自分が身を置く環境を変えることも可能になります。
常にお互いが蹴落とし合う環境からサポーティブな環境へ。競争はあるけど互いに高めあう文化のある環境へ。

そしておそらくこのことは、最近耳にすることが増えた【心理的安全性】という概念にも結びつくと思います。誰かの意見をすぐジャッジし、評価を下してしまうと、安心して発言できる雰囲気は作れないけど、まずは聞いてくれて、それを土台にベターな方向へ議論を重ねられる雰囲気があると、安心して意見を言える。そういう場にいれば自然と自分も変わっていく。

色々と書いてきましたが、とにかくこの22年間分の内省を通してかなり収穫があったので、じゅうぶんな時間を取ってやってみるといいと思います。

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大学4年生。【出来なかったことが出来るようになる。知らなかったことを知る。人生でこれほどワンダフルなことはない。出来ないこと知らないことがある=ノビシロ】をモットーにブログ運営。珈琲/アート/哲学/お散歩/旅/読書/映画鑑賞 [詳細]

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